Little sheep

12月の誕生日の日記で一年を振り返り、来年の方針を定めることにいる。今年は39歳になって数日が過ぎたものの、仕事と勉強で詰まっていて、恒例の誕生日日記を書く時間がなかなか取れない年末を過ごしていた。

どういう年だったのだろうか。過去3年に比べると分かりにくい年だった。イメージが湧いてこないので、カレンダー、撮った写真、綴った言葉をながめて、しばらく考えこんでしまった。そこで目に止まったのが下の写真だった。昨年に続いて、二度目のフルマラソン。舞台は3月のナパバレー。4時間を切るのが高めの目標で、冬の間、暗いうちに起きだして出社前のトレーニングに励んでいた。

Napa Valley Marathon 2014

昨年のサンフランシスコマラソンはひどい上り坂だったが、ナパバレーマラソンは下りコース。前半飛ばし過ぎないようにと注意をしつつも、4時間を切れるペースで快調に走っていた。35キロ地点を通過、残り7キロのところで雨が降り始め、体温をあっという間に奪っていった。

そして足がいきなりつった。

天国から地獄へ。7キロ足を引きずりながら、だましだまし走った。ゴールがみえたところで見栄を張って再び走り始め、ガッツポーズで締めくくった。写真はゴール直前の表情、痛さを我慢して格好だけでも走っている。

こういう年だった。仕事の方も。

私がエンジニアリングの責任者を務めていた新製品がなかなか安定せず、パイロットテストから次へ踏み込めない状況が延々と続いた。その間、毎日一緒に頑張っていた製品開発部長(VP)が突然解雇され、チームの面々が入れ替わり、製品のビジョンが変更されたりと非常に高ストレスな状態を一年近く耐えていた。幸いエンジニアリング部門長を始めマネジメントの方は私の困難をよく理解してくれていた。

「マラソンの最終盤だから頑張って。」

そう励まされた日から、さらに何ヶ月も苦しんだ。足がつってしまった状態で最後の7キロは本当に長いものだ。幸い9月になって製品開発部門のチームが整理され、こちらにも援軍が加わった。すべてがうまく動き始め、心に余裕ができ、落ち着いた年末を迎えることが出来た。

Black Mountain Summit

気晴らしと春のマラソンで足を少し痛めたのもあって、夏の初めに週末のハイキングに通いだした。自宅からドライブで15分のロスアルトスヒルズにブラックマウンテンがある。頂上までは片道8キロで、累積高低差1000メートルだ。きつい登りでは大汗をかいて仕事を忘れた。楽な帰り道では、これまで足跡やこれからの方向性など、気軽な空想にふけった。やがて足が良くなったので、同じコースを走りだした。コースの7割は走れるようになったが、すべて走破するにはしばらくかかるだろう。頂上から東はサンフランシスコベイ、西を向けば霧の向こうに太平洋が見える絶景だ。ここを週末に訪れることが、新しい週への活力となった。

そして7月の終わりに父親になることが分かった。昨年末から妻と相談して、今年がその年だと決めていたので、ほんとうに嬉しかった。診察ではじめて聞いた心臓の音、超音波画像に映る小さな人間の影。

数ヶ月前までは、なんども映像を見返しては幸せな気分に浸ったが、最近はとんと見なくなった。妻のお腹に手を当てると、蹴ったり動いたりする様子がはっきり分かるようになったからだ。あと三月もしないうちに生まれてくる娘、どんな顔をしてるのだろうか。

クリスマスから年末はどこへも行かずに妻とふたりきりで静かに過ごしている。データサイエンスの知識とスキルを深めるために、オンライン授業を受講してるので、そこ宿題やらを終わらせている。そんなひっそりとした自分たち中心の年末も今年でおしまい。そして三人での新しい生活がすぐにはじまる。

これまでの誕生日日記